2002年10月

6日(日)
 ナポレオンって言うカードゲームご存知ですか?中学の頃、よく休み時間中にやっていたのですが、あれってとてもローカルルールが多いんですよね。うちらはジョーカーを使わなかったので、ジョーカー関連のローカルルールは無いのですがそれ以外のローカルルールはとても複雑でした。

 ナポレオンをご存知でない方に若干説明すると、ナポレオンとはトランプゲームで、絵札20枚を集めるというゲームです。まずは13*4=52枚を、4人なら12枚づつ、5人なら10枚づつに分けます。そして、自分がナポレオンとなり、絵札集めの責任者になりたいという人は、「何々のスートで何枚」と立候補するのです。絵札集めは順に札を場に出し、A→K→…→3→2という順番で弱くなりますが、一番強い札を出した人の総取り(絵札以外は意味無いが)です。さらにナポレオンが、あるスートのみ強くする(切り札)ことが出来ます(最初に立ったスートのことです)。最初に出された、場を支配するスートが持ち札に無い場合、切り札のスートを出すと、その場の札が取れるのです。(勿論切り札が複数出ると、切り札の中での序列が重要です)。前の場で一番強かった人が、次の場を支配するスートを決められ、最後まで繰り返されます。

 で、これ以外に特別の働きをするカードがあります。基本はスペードのAがオールマイティー、そしてナポレオンが立ったスートのJが正ジャ(正ジャック)、ナポレオンが立ったスートの裏(スペードならばクラブ、ハートならばダイヤ)のJが裏ジャ(裏ジャック)です。強さはオールマイティー→正ジャ→裏ジャです。ここからローカルルールが始まりますが、全てのスートで、場に出された札が同一スートの場合、2が一番強くなります(セイム2)。ただし、オールマイティーと正ジャは、このルールの適用を受けません。裏ジャは適用を受ける場合と、受けない場合があるようですが、僕らはセイム2の方が、裏ジャよりも強かったです。

 で、次にオールマイティーが場に出された場合に限り、ハートのQが一番強くなるというルールもありました。これを一部では艶めかしく〈よろめき〉と呼ぶようですが、うちらは〈マイティー殺し〉と呼んでました。あと、うちらのグループ以外に存在が確認されないのですが、極ローカルルールとして、場に正ジャが出された場合に限り、ダイヤのQが一番強くなると言うルールがありました。これは〈正ジャ殺し〉と呼んでましたが。さらに一巡目の特別ルールというのがあって、一巡目は正ジャ(正ジャック)も裏ジャ(裏ジャック)もセイム2もオールマイティーも機能せず、単純に場のスートの序列により、カードの強弱が決定されました。

 で、ナポレオンは一人で絵札を集めるのではなく、副官を指名することが出来ます。その際には、個人名で指名するのではなく、何らかのカードを指定し、そのカードを持つ人が副官となるのです。そして、ナポレオンと副官両者により、ナポレオンが最初に宣誓した枚数のカードを獲得することを目的にし、成功すればナポレオン軍の勝ちです。(話はずれるが、「製鋼すればナポレオン郡の価値です」と変換されるうちの辞書機能って^^;かなり偏った変換ばかりしている気がする)。ちなみに6人以上でやる場合、副官を2人指名することもある。

 で、ルールはここでまだ終わらない。最初に4人ならば12枚、5人ならば10枚と書いたように、全てのカードを配り切りはしない。ナポレオンに立った人は、配り残したカード(未公開)と、自分の手札を交換することが出来るのだ。ここで面白いのは、指名した副官のカードが、配り残したカードの中にある場合、副官無しで戦わざるを得なくなる。(勿論そこはポーカーフェイスなのだが)。あまりにもナポレオンに誰も立候補しない場合、配り残したカードの中にオールマイティーがある可能性が高かったりする。また、2人の副官を指名する場合も、同一人物が指名された2枚のカードをもっていると、副官が1人になってしまうので注意を要する。

 それと、絵札は全部で20枚なのだが、20枚全て取ると宣誓した場合以外は、総取りするとナポレオン軍の負けとなる。だからナポレオン軍が異様に強い場合は、他の奴らは、わざわざナポレオン軍が絵札を集める協力をするという作戦も可能である。ナポレオン軍が強すぎる場合、ナポレオンは予防として、総取りしないように、カード交換の際に、絵札を一枚棄てておくという作戦を採ることもある。

 と、何となく中学時代をつらつら思い出し、ナポレオンのルールを書き込んだが、違うローカルルールで遊んでいた奴らとだと、激しくストレスが溜まらざるを得ないので、東京に出て来てからは一度もやっていない。って言うか、高校時代もやったかどうかは記憶にない。一番最後の周回で、オールマイティーと正ジャと裏ジャと正ジャ殺しとマイティー殺しが出て、マイティー殺しの総取りとか、かなりの会心の一撃で快感。まぁ今となっては、ローカルルールに拘らないが、またそのうちやってみたくなってきた。まぁ、その時は賭け無しで…

9日(水)
 ノーベル物理学賞に続いて、ノーベル化学賞も、今年は日本人からの受賞者を出した。どちらの話も、その重要性に関しては十全には理解出来ていないだろうが、理系の科学技術の水準が、世界最先端にあることを教えてくれる。カミオカンデは東大教授が大量の予算を費やして、タンパク質の質量計測は民間企業の技術者が、それぞれ対照的な存在だが、どちらも世界的な水準と言うことで一致している。

 幸か不幸か僕は文系人間だが、もっと日本は理系人間が評価されるべきだと感じる。平均的な生涯賃金を見れば、多分文系の方が高いのだろうが、それって国家のあり方としてあまり健全とは感じられない。近代科学の発展が、即ち善である等というつもりはさらさら無いのではあるが、単なる事務屋に過ぎない文系と比して、理系の生涯賃金も、もっと高く設定されるべきであろう。それが、日本の理系離れを食い止め、優秀な人材を理系に誘導し、結果として国の活性化に繋がると思う。文系の仕事を理系人間が行うのは容易だが、その逆はなかなか困難である。そういえば、僕の母校である高校で、文系クラスが減少して理系クラスが増加しているらしい。不況の影響もあるであろうが、なかなか嬉しい限りである。

 さてさて話は変わるが、研究者という人種は、同じ文系と言っても事務屋とはまた違うのであるが、理系の研究者と比した場合に、国際的な発言が遥かに劣っているであろう。優秀な先生方は数多いれども、日本における研究成果を世界に発信し、それをフィードバックさせて再び日本の研究水準を高める、そんな活動をしている文系研究者は少ない。もちろん日経史初め日本史系の歴史学研究は、それ単体としては国際的な場で語ることは困難であるが、比較史研究としても十分世界の歴史学に貢献していると言えるであろうか。チャンドラーとかセーブル/ピオリであるとか見ていても、日本の位置付けって本当にそうなのか?と思わされることは度々ある。と、まぁ取り敢えず、ここに書いたことは20年後に忘れていたりしないように気をつけなければ。

11日(金)
 今月から図書館のアルバイトをしているのですが、ちょうど機械貸し出しが部分的に始まる端境期で、基礎業務が全く出来ていないのに、いきなり応用の対応もたくさん入り、アタフタアタフタしています。でも、図書館の業務って興味深いですよ。多分死ぬまでお世話になる機関でしょうから、内部を色々と知れるのは、とても貴重な体験かもしれません。図書館カウンターの一番の基本業務は、当然の如く本の貸し借りなんですが、返却・配架のときに番号を少しでも間違えると、そのまま行方不明本になってしまう可能性もありますからね。普段行き慣れない層やエリアは、ちょっとドキドキしながら業務してます。

 それにしても、返却期限過ぎて却って来てない本って、次の方が借りに来た時に、いつから借りられますかと聞かれても、却って来たらとしか答えられず、非常に申し訳無い気がします。。。全部機械貸し出しになると、返却期限切れは、完全なるペナルティーが課せられますが、今まではペナルティー無しでしたからねぇ。僕もまだ返してないのあるのですが、早くコピって、全部返し終わらなければと反省仕切りです…

 話は変わりますが、うちのオリビアの胸のところに腫瘍が発見されたらしいです。悪性か良性かは、このまま大きくなるかどうかで判断するとか。いざっていうことも、心のどこかに止めておいてくれと言う連絡でした。もう13歳になる老犬なので、悪性でも癌の進行はそれほど早くはないでしょうが、なんか遣り切れない気分でいっぱいです。なんでこんな事ばっかり続くんだろう。もういいよ、これ以上ツライことは。。。

13日(日)
 普段あまり鮮明な夢なんて見ないのに、今朝はイヤにリアルな夢を見てしまいました。場所はよく分からないんですが、多分水辺、プールじゃないかなぁなんて思います。で、そこにすっごく長くて黒くて巨大な蛇が横たわっていたんですね。5メートルはあるくらいでしょうか。それがゆっくりゆっくりと僕の体にまとわり付いてきて、しかも、身動き出来なくなるように電流を流すので、されるがままの状態。最後には両腕と両足の付け根に、まるで羽交い締めされる用に巻きついてしまったのです。そして徐々に徐々にきつく締まっていくのですが、突然右の上腕部に噛み付いてきて、そこでふと目覚めたのです。

 で、話はそこから続くのですが、目覚めるまさにその瞬間、何処からともなく低い男の声、ドスのきいたシャガレ声で、セリフは明確では無いのですが何か言われ、そして目をあけるんです。目を開けると僕の部屋、その目の前から、ティンカーベルのような妖精が、すぅ〜〜っと遠ざかりながら消えていき、そのまま二度寝してしまいました。

 最後の部分も夢だったのか、それとも現実だったのか、そこのところはよく分からないのですが、2度寝をする時にベットから、フローリングに移るのですが、しっかりと起きた時にフローリングに寝ていたので、とても嫌な感覚。確か寝た時はベットだったはずなのに。夢の時以外に移動したのかなぁ。

 ところで夢占いのページなどを検索すると、蛇はだいたい2通りで出てくる。一つは性欲の象徴であり、一つは脱皮・成長の象徴。まぁ失恋後に見る夢としては、至極妥当というところでしょうか。ただ、噛み付かれるのはあまり良い暗示ではないらしい。健康に注意とか。さらにプールというシチュエーションも健康に注意のメッセージらしい。これ以上何かあっても、まぁ大概の不幸なら対応できるので、何でもやって来てくれ。

19日(土)
 28のバースデーは、気持ちいいくらい日常的に過ぎていった。ちょうど金曜で図書館バイトの日だったのもあるし、17日の深夜から朝にかけて、友達と悪い酒飲んでいたのもあるけど、ちょっと二日酔いを引きづりつつ、何だかなぁっていう過ごし方だった。妹からの老け込むなよメールとか、友人達からの取り留めのないメールに感謝しつつ、やっぱりポッカリと空いた空間がいたかった。

 でも、こんなとき友人っていうのはありがたいもので、合コンのお話とか、新しい子を紹介してくれる話とか、いろいろ持って来てくれるんだけど、まだまだそんな気分でもなく、過去の傾向と対策から言うと、3ヶ月は少なくともひきづるはず。まぁそっとして置いてくださいませな。

20日(日)
 たまにはテレビドラマの話題でも。前にNHKの深夜ドラマの話で、真中瞳主演のシリーズ〈恋セヨ乙女〉を薦めましたが、それに続くともさかりえのシリーズ〈ロッカーのハナコさん〉も、かなり楽しませていただけました。堀ちえみとドジでノロマな亀をしていた風間杜夫や、引越のサカイで存在感をアピールする徳井優、毛利元就で活躍していた勝村政信や松重豊など、バイプレーヤー好きな僕としては、十分楽しめたものです。

 そして今回のシリーズは水野真紀主演で〈お見合い放浪記〉です。原作はTVタックルで良い味だしている阿川佐和子なんですが、まぁ彼女の作品なので、主人公が幸せな結婚をすると言う結末は想定しないで見ています。毎週違う相手とお見合いをするのですが、第一週目は嫌味な弁護士役の沢村一樹(浅見光彦役が好きなんですよね。単に内田センセのファンという理由でもありますが)、二週目は元彼にそっくりな川平慈英でした。来週以降は渡辺いっけい・吹越満と続くようですが、基本的に真中瞳のシリーズと同じ構成ですね。

 で、お見合いなんだけれども恋愛的な付き合いを夢見る(って言っても31だが、別に31が夢見ちゃいけないっていう法は無いであろう)水野真紀と、現実的に妻を求めるお見合い相手たち、そのスレ違いをとてもコミカルに、ほんのり寂しげに描いている作品です(来週以降も同じ流れかどうかは知らないが)。それにしても予告見ていて、次週の渡辺いっけいが冴えない学者っていう設定は何とかならんもんか、などとソコハカトナク感じるが、まぁ研究者なんてそんなイメージなんだろう。

 そいえば、前にとあるところでバイトしている時に、そこをロケで使うために渡辺いっけいや、マナカナ、麻木久仁子などがいたんですが、渡辺いっけいんとこチョコチョコ行って、握手してもらっちゃいました。昔石田ひかりと一緒に出ていた、相撲の〈ひらり〉(確か脚本が内館牧子、主題歌はドリカムの〈晴れたらいいね〉でしたね)以来、好きな俳優の1人なんですが、とにかく顔がデカイ方でした。僕も別に人の事は言えんが。

25日(金)
 民主党の石井紘基議員が刺殺された。自宅前でのことだという。この自宅、世田谷区代沢1丁目らしいのだが、これは僕が学部の一時期(というか、東京に出てきて三年半ほど)を過ごした、駒場の隣に位置している。最寄駅は井の頭線の池ノ上のようだが、下北沢で終電無くなるまで騒いだときには、タクシー代1000円なんて出ないので、酔い覚ましを兼ねてテクテク歩いていた、そんな道程での出来事である。あの近辺には故竹下登の東京の自宅もあるし、閑静な高級住宅街ではあるのだが、凡そ刺殺事件とは似つかわしくない。

 とそんな懐旧談はさておき、国会議員を殺すという行為は、彼に投票した何千・何万という有権者の声を封殺する行動な訳です。仮に石井氏のスタンスが自分と異なっていようとも、そんな暴挙が許される訳はない。国会議員の生命とは、個人の尊厳であるとともに、人々の言論の代替でもある(仮にくだらない発言しかしない人物で有っても同じであるが、ましてや石井氏の場合は民主党内の政策通で知られる人物)わけで、民主主義への挑戦としか言い様が無い。

 政治化の暗殺というのは、日本近代史を見ていると様々な場面で出くわす。大老井伊に始まり、大久保、伊藤、原、浜口、犬養等々、時の権力者たちはその対象となりやすい。未遂ではあるが岡田や岸なども同様です。また政策担当者たる井上、高橋なども、この系列に入れても構わないでしょう。彼らを殺せば、現状が変革される、それが国家のためであるという思い込み、まぁ、賛成しないにしても、素直でだいたい言いたい事は分かる。

 しかしこれらとは異なった系統の暗殺がある。坂本竜馬、星亨、浅沼稲治郎、板垣退助(未遂)、長崎の本島市長等々、彼ら一人を暗殺することには何の意味も無い(と言い切ってしまうのはさすがに失礼だが)。しかし、彼らを暗殺することにより、彼らの政治スタンスに対して、同様の立場にある者達へ非常に大きなプレッシャーを与え、社会を抑圧的な方向へ導こうとする、極めて陰湿なタイプの暗殺である。石井氏の暗殺は、多分このタイプに属すると考えて良いでしょうし、そうであるからこそなお一層、陰湿で暗雲たる気分にさせられる。

 悪い方向へ時代が流れていなければ良いのですが…

31日(木)
 先日友人と飲んでいて、俺のは優しさじゃなく優柔不断だと言われちまった^^;確かにそうなのかもなぁ。あんまり決断力がある人間じゃないと反省。話は全く違うシチュエーションだが、社経史に投稿してから、かれこれまた5ヶ月だ。3ヶ月を過ぎた辺りから、どうしたもんかと思い続けているのだが、電話しようかどうかと迷い、もしかしたら明日届くかもと思い、ついに2ヶ月が過ぎてしまった。。。

 最初に投稿したときも半年近く帰ってこず、またもや5ヶ月も返却されない。3ヶ月で即座に帰って来いとは言わないが、いくらなんでも放置されすぎで、少しは怒っても良いのではと思い始めている。前その話をしていたら、「編集委員の顔ぶれ見ても、東大院生の審査は遅れそうな顔ぶれなんだから、自己責任だ」と言われた事がある。まぁ半分冗談な話だったとは思うが、1回しかやり取りしていないのに、1年を軽く越えてしまったのは、やはりD2としては、そろそろなんとか考えないと、にっちもさっちもいかない状況に追い込まれている。

 経営史学は、編集委員会を改良し、審査制度をきっちりと整備した。やはり、審査の時期を守らない学会誌に対しては、今後投稿するのは、激しく困難であろう。一度就職して、いつ論文が帰ってくるか目処が全く立たなくても、何ら経済的な不安が存在しない状況下でしか、社経史に投稿するのは難しくなっていると言えよう。2本目は紀要に載せてしまうので、3本目の論文は、土地制度(新学会名はまだ覚えてない)か経営史に提出するしかない。

 てな怒りを込めて、社経史の事務局に電話した。審査員に連絡を取ってみるとの事。忍耐力はあるほうだと認識していたのだが、とにかく却って来ない事には話にならない。Dでも何でもいいから、とりあえず論文返してくれ。