研究者を目指す人へ(5) |
★博士論文の執筆にあたって
博士号の審査をする側となる九州大学の事例だとあまりにも生々しいので、貰う側だった東京大学を事例として取り上げてみましょう。博士課程も3年目となると、制度的にはここで博士論文を書き上げなければなりません。とは言いましても、文系の博士号というのは研究者免許証的位置付けの理系と異なり、未だに功成り名を遂げた大学者への栄誉という性格を若干残しているため、今後は変わっていくとは思いますが、まだまだなかなか獲得は困難な側面も持ちます。東大の経済史では、今後学界において貢献できる可能性を感じさせる博士論文には学位を与えるとのことです。が、貰っておいてこんな事を言うのもなんですが、正直言って何が基準で貰えるのかはよく分かりません。たくさん書けば良いっていうもんでもないですし。
でもまぁ、実態としては経済史の場合に、博士課程3年で学位を貰うのは至難の業でして、+3年の限度内をフルに活用して学位申請論文を書くケースが多いです。それまでには、幾つかレフリー論文や、レフリー無し論文を書いているとは思いますので、それらを基にして切った張った付け足した、っていうことで博士論文にまとめ上げます。自分が審査の時に指摘された反省に基づくと、論文集的な博士論文になってしまうことが多いので、一つの論文だということをよくよく意識しつつ、論文としての統一性を重視してまとめ上げてください。今までの論文それぞれに思い入れがあって、なかなか手を入れ難いとは思いますが、今回の論旨と外れる部分は、バッサリと切り捨てる英断も必要になる時があります。
あと、個別の論文と比べて違う点は、やはり原稿用紙800枚とか1000枚とか書くわけですから、問題意識というか課題設定というか、序章が重要になってきます。膨大な実証をするのに、最初の枠組みがしょぼいと、ためにする実証になりかねないですし、個人的には大見得を切るようなテーマ設定が好きなのですが、実証とのバランスから、羊頭狗肉的な批判をされないようにも気をつけましょう。でも、しょっぼいテーマで学位を貰うのは、折角の学位が泣くって言うもんですから、こだわった方がいいと個人的には思うんですけどね。でもこだわったらこだわったで、後々反省することは保証しますが。
しかしまぁ、博士論文を書き上げるっていうのは、なんだかんだ言って大変です。昔、野島さんに、博士論文は5人が理解するように書けばいい論文だと言われたことがあります。審査者は大体の予想はつくものの、基本的には分からないのですが、まぁ細部が出来上がるたびに、審査者になるであろうと推察される先生たちのところへ、コンスタントに文章を持っていき、疑問や弱い点を聞き出し、それをもとに微修正微修正を入れつつ論文を作り上げていけば、それ程大きく外れることはないと思います。とは言いましても、僕の場合には最終的に、全部をまとめるとこんな話になるとは思わなかったと言われてしまったので、相談される方も細部だけ見てアドバイスしていると、全体像はあまり掴めていないもののようです。
さて、そんなこんなで苦労して取得する博士号ですが、理系では足の裏の米粒と呼ぶそうです。その心は、取らないと気持ち悪いが、取っても何の役にも立たない、ということだそうで。で、実際はどうなのかと言いますと、必ずしも全員が学位を持っていない文系の場合には、就職活動においてそれなりの効力を発揮します。博士の学位を持っているか持っていないかでは、僕の個人的な体感としては、けっこう採用され易さが異なっています。特に経済の場合には、経営系のように学位が出やすい分野もありますので、そこらの感覚に慣れた人々への説得力という意味でも、学位があるかないかはけっこう違うみたいですねぇ。あまり生臭いことはよく分かりませんが、複数の候補者で競った時などにも、学位の有無は影響することもあるかも知れません。
あと実はもう一つ大きな意味がありまして、博士の学位をとると、大体どの大学でもお給料が若干ですが上がります。国立大学法人の場合には、旧1号俸=現4号俸のアップでして、年齢が上がってしまうと大差はないですが、若いうちにはけっこう影響が大きく、2回飲み会に行けるくらい変わってきます。毎月2回分余分に飲み代が入ると思うと、博士論文を書こうというモチベーションが飛躍的に高まることでしょう。各私立もだいたい同じかと。ただ僕の場合は、法人化のあおりで年1回昇給に上がってしまったので、もしかして給料が上がるのは来年の1月かも知れないですが。
まぁ、そんなこんなですが、せっかく博士課程まで進学したならば、博士の学位を目標に研究を積み重ねていって貰いたいと思います。今後、団塊世代の退職が待っていますので、特に今修士なんかにいる人たちは、我々の世代とかと比べてよりアカポスのチャンスは広がっていると思いますが、大学院重点化のおかげで競争相手も多いですし、より自分の売り込みという意味でも学位を持っていて損はありません。それとより本質的に重要なのは、博士論文を書いて大学院時代の自分の研究をまとめ上げるっていうのは、今後の研究生活を送る上で、貴重な体験になると思うんですよね。
と言うわけで、この辺で。おわり。