2007年10月

4日(木)
 いやぁ、やっぱり福田康夫はすごいは。公式サイトで、「今般、福田康夫を装った「なりますしメール」が各方面に配信されていることが判明しました。」と掲げられているというニュースを見て、これは遅れちゃならないっと駆け参じたところ、どでかいフォントで「なりますしメール」と本当に書いてありました。これはすごい。お昼の休憩に〈濃いめ伊右衛門〉は美味しいなぁっとボぉ〜っとネットニュースを見ていたんですが、危く茶をノーパソの画面に水しぶきのように吹き出すところでした。どんな嫌味で来るかと期待はしていたが、直球勝負で笑いを取りにくるとは、恐るべし福田康夫の破壊力。

 それはさて置き、史料と大学院生だけ相手をしていた期間を終わり、ついに2年目の後期に入ったこともあり、学部の授業も担当することに・・・人がいっぱいいて、なんだか勝手が違うなぁ。よく考えたら、バイトも家庭教師とかはしていたけど、塾講師を未体験だった身としては、個別の反応が分かりづらい大講義形式は、ちょっと不思議な感じですね。学会とかで慣れてしまったので、大人数の前で話すのにそれ程緊張とかはしないんだけど、基本的には少人数に伝えることに慣れた身ですから、また別の技術を習得していくしかないですねぇ。

12日(金)
 そういえば東京のタクシー運賃が値上げされ、初乗り運賃で710円になるとかいっていました。590円の初乗り運賃の福岡に慣れてしまっているので、660円の初乗り運賃でさえ高いなぁって思い始めていたのに、710円ともなるとかなり意欲が失せますね。。。確かに東京と比べて福岡の生活費は安いですが、タクシーの初乗り運賃で2割も違ってくるほどの差は無いですからね。福岡も値上げされてしまうのでしょうか。そうなったら嫌だなぁ。。。

 福岡の魅力の1つは、何時まで飲み続けていても、気が向いた時に手軽な金額で家に帰れる、家までの距離とタクシーの存在が大きいですからねぇ。東京とかに倣ってタクシー運賃が値上げされてしまうと、飲んだ時に発生する金額が如実に上がってしまうことになるので、これはかなり切実な問題です。そうそう、福岡のタクシー会社の中でも若干の競争があって、Luckyグループのタクシーが一番割安らしいです(未確認)。だから、出来るだけLuckyの文字を探すんだけど、あまり台数が多くないらしくなかなか見つからないんですよねぇ。

 それにしても、妹がめでたくも30代になったものでして、深夜の日付が変わるのを待って、「三十路!三十路!三十路!三十路!・・・以下略」という携帯メールを送ったんですよね。そうしたら、「女は29歳まで歳を重ねたら、次は1つづつ減って行くんだから、今は28歳だよ」っていうメールが帰ってきたわけですよ。それならば僕もいっちょお祝いをしないとと云うことで、「28歳おめでと!28歳おめでと!28歳おめでと!28歳おめでと!28歳おめでと〜!」って心を込めたメールを送り返したのに、「全然うれしくない(TT)」との返信がありました。女心って難しいですねぇ。

18日(木)
 10月18日ということで、遂に33歳の誕生日を迎えてしまいました。科研費の申請書書きに追われる中での誕生日でして、時期的に誕生日は必ず科研費シーズンになってしまいます。泣けます。憂鬱なところです・・・週末が松山なので、平日深夜まで書類作りの作業しているんですけどね。。。

 と、せっかくの誕生日に愚痴っていても仕方が無い。33歳といえば、中学時代以来の好きな作家である内田康夫の登場人物である浅見光彦が33歳なんですよね。尾崎豊が死んだ26歳という年齢もちょっと考えさせられるものがありましたが、33歳もチョッと考えさせられる年齢です。樋口一葉の25歳とか、中原中也の30歳とか、梶井基次郎の31歳とか、昔の人間が死んだ寿命になっても、同時代性が無いためにあまり感慨はないんですけどね。しかし、10代前半の時には遥か先の大人にみえた浅見光彦の年になってしまって、あとは通り過ぎて超えていくだけですからねぇ。

 自由気ままなフリーライターっていう訳にはいきませんが、比較的自由気ままな大学の研究者ですから、まぁそれなりに憧れた生き方にある程度は近いのかも知れません。昔色んな雑誌やテレビで見ていた独身貴族生活っていうのも、けっこう堪能していますが、これもなかなか楽しいもんです。しかし、助手2年と助教授1年、准教授1年あって、そろそろ小金が入った独身貴族生活に飽きてきたっていうのも正直な所なんですよね。浅見光彦は33歳から年を取らないから良いんですけど、現実世界に生きる僕は永遠に33歳でいることはできないですからねぇ。

25日(木)
 松山へ行ってきました。四国初上陸です。中学時代の修学旅行で、まだできて間もない瀬戸大橋の途中まで行って、四国へ渡らずに橋だけ見て引き返した記憶がありますが、そのニアミス以来の四国でして、今度は本格的に初四国でした。九州大学の規定で、松山くらいの距離に飛行機は極力使うなという厳しい指令が下されているために、のんびりとした船旅で松山へ行ってきまして、それはそれで楽しい時間だったのですけれども、科研費の申請に追われていないならばもっと楽しめたことでしょう。

 近場なので海の幸も似ているかなぁっと思ったのですが、意外と福岡では食べないようなものも見かけまして、ハギの薄造りだとか、カタクチイワシの刺身だとか、鯛めしだとか、ご当地っぽさを満喫してきました。ただどうやら鯛めしには、鯛に火を通す中予地方の鯛めしと、鯛に火を通さない南予地方の鯛めしがあるらしく、僕は南予の鯛めししか食べられなかったので、中予の鯛めしをもう一度堪能しに行きたいところです。

 愛媛大学での懇親会には、〈亀岡酒造(千代の亀)〉から営業の方が直接お酒を注ぎにいらしていたのですが、その中でありました〈銀河鉄道〉これはいい。純米大吟醸らしい香り高いお酒なんですが、何がすごいかってこのお酒、10年間熟成させた古酒な上に、凍らしているためにシャーベット状でいただくんですね。凍らせて奇抜なと最初は懸念したんですが、営業さんの溶かし具合も絶妙だったのもあり、お酒に浮かぶシャーベットが、口の中に入った途端に白雪の如く消えていきまして、もう言うことなし。でも、値段を福岡に戻ってから確認したら、720mlで10,500円、1,800mlだと21,000ということで・・・貧乏な国立大学法人の教員レベルでは、〈ひやおろし純米吟醸〉1升で3,000円、4合で1,600円というこちらでも十分満足できます^^;;;

 観光はあまりしなかったのですが、松山城がでっかく聳え立っていたので上ってきました。安政期に再建されたものということで、江戸時代に作られて戦争を潜り抜けたものの、いまだに重要文化財でした。松山の支配が、加藤嘉明→蒲生氏→松平氏と移ったとは知りませんでした。河野氏や小早川隆景の活躍華やかなりし頃は有名ですが、17世紀以降の松山っていうのは近代の子規や漱石になるまであまり気にした事もありませんでした。そうそう、2人が過ごした愚陀佛庵(復元)というのが、久松伯爵家(家康の母の再婚先だから明治維新で旧姓に復したとか)の洋館萬翠荘の裏に立っています。この洋館もなかなか良かったですが、愚陀佛庵のたたずまいも風流でした。

 ただ、道後温泉の方とかへは行っていないので、松山を半分も楽しんでいないような気がします。またそのうちに行ってみたい地ですねぇ。さて次は静岡か。