2010年8月 |
1日(日)
秩父の沢っていうのは、僕も大学時代にサークルで行ったことがあるのですが、清流で涼を求めて訪れたくなる気持ちはよく分かります。ただやはり、自然の中っていうのは突発的に何が起こるかわかりませんし、自分の体力や技術力と相談しながら、出来る範囲で楽しんだり挑戦したりするっていうのが鉄則だと思います。自分の能力や体力の過信はすぐに事故につながりますから、自分以外に客観的にコメントしてくれる人と一緒に行くことも重要でしょう。
今回の秩父の沢登りの遭難者の方や、その救助に当たったレスキュー隊員たちの遭難は、不運も重なった事故だったようでしてお気の毒な限りです。ただ、その後、ブログで現地の状況を紹介するために登った野次馬だとか、日テレの記者だとかが、次々と三次遭難、四次遭難している状況を耳にしますと、いったいどれだけ自然に挑んでいるという意識があったのだろうかと疑問が湧いてくるばかりです。日テレの記者などは、ガイドが制止したのも振り切って無茶苦茶登って行ったという話が伝わってきていますが、もしそれが事実だとしたら呆れ果てるばかりです。
こういうニュースを目にするといつも思い出すのは雲仙普賢岳の災害でして、僕の高校の修学旅行の前日の出来事だっただけに忘れようがないのですが、報道陣が無理やり避難勧告地域に入り込んでしまって、そこと契約していたタクシー運転手や、地元の消防団、警備にあたった警察官などが、悉く火砕流に飲み込まれて亡くなってしまったという痛ましい事件です。多くの罪なき人々を巻き込んだ雲仙普賢岳火砕流の際の事件について、日テレを始めとした報道各社っていうのは社員教育をちゃんとしているのだろうかと疑問に感じるばかりです。
9日(月)
高齢者の死亡届が提出されずに、いつまでも生き続けている事に書類上なっているとのことで、それも100歳以上だけを調査している段階でかなりの数になっているという話、90代、80代と調査対象を下げるに従って、まだまだこの「行方不明者」っていうのは増加を続け、世界一の長寿社会だと思われていた日本が実はそうではないであろう、なんていう所にまで話が及んでしまっています。独り身だったから行方不明者になってしまったなんて言う事案もなくはないでしょうが、ある程度の部分は年金の詐欺を目的にした計画的で悪質な犯罪の数々が積み上がった結果なのでしょう。
基本的に高齢者政策のような物は性善説に基づいて政策が出来上がっていますが、そろそろ根本的に見直して、福祉を受ける立場を利用して詐欺をしたりする悪質な犯罪者たちに狙われているという大前提のもとに、制度改変をするべき時なんじゃないでしょうかね。だいたい、生存確認もできないのに国民年金でもそうですが、多額の遺族年金なども駄々流しにされていたっていう話を聞きますと、確実に払った年金額を回収できない、国に制度的に損をさせられる不遇な世代としては、怒りしか湧き起こってきません。
ただでさえ多くの若い世代は年金なんて払いたくないところを、制度に組み込まれてしまって逃げ切れない立場の人間だけが、僕も含みますが、逃げられないからこそ徴収されてしまっているという信頼感も何もない制度なんですから、その年金の巨額に上る部分が詐欺師たちに毎月流れているとなって、馬鹿にするんじゃないとしか言えない憎むべき事態になっています。そもそも、存在が確認できないのに年金を払い続けるという神経が理解できない。100歳以上とか、90歳以上という話ではなく、すべての年金受給者に対して、何らかの手段で所在確認が出来なければすぐに年金支給をストップさせるという、それがまずは話の出発点じゃないでしょうか。
怒りがつのるばかりだと体にも悪いので、先日見に行った映画のお話でも。ネタばれありで〈踊る大捜査線3〉のお話ですが、ネット上での評判が限りなく悪いので、行くかどうかをかなり思案した後に、結局行ってしまったのですが、酷い酷いと散々な言われようをしているわりにはそれなりに面白かったです。歳末スペシャルで渡辺えり子にしごかれていた内田有紀や、長年湾岸署の玄関で立ち番をしていた甲本雅裕などが、係長に昇進した織田裕二の部下になっていたり、レギュラー陣のほかに岡本隆史、稲垣吾郎、伊集院光、小泉今日子、森廉、寺島進、松重豊、高杉亘といった過去の登場人物たちが再び出てくるのが懐かしさ満点です。
森廉といえば、同じくフジテレビの〈お金がない!〉で織田裕二の幼い弟役もやっていた少年でして、彼は確かその縁でドラマの最初の方とかに出ていて、更には閑職に就いていた織田裕二と絡んでてと、こういう遊び心がマニア的にはたまらないところでしょう。あとエンドロールで、織田裕二と深津絵里と稲垣吾郎の3人にだけ専属のヘアメイクが付いていたのも笑いどころですし、何年前のものかわからない海鮮キムチのカップラーメンもツボるところです。ちなみに、海鮮キムチはタイアップされて明星から本当に商品化されてしまったとのことで、最近カップラーメンなど食べてていませんが、少々見かけたら買ってしまいたくなる感じです。
しかし、織田裕二も柳葉敏郎も深津絵里も、みんなみんな老けてしまいましたねぇ。いかりや長介演ずる和久平八郎は劇中でも亡くなったことになってしまいましたし、北村総一郎演ずる神田署長や斉藤暁演ずる副所長も退任という設定でして、時間の経過をヒシヒシと感じさせられてしまいました。前作から7年ということですが、7年というのは長いですねぇ。テレビでの第一シリーズが1997年ですから、そこから数えると14年も経過している作品です。ただまぁ雰囲気として、テレビドラマになるのか映画になるのかは分かりませんが、更なる続編は作られるだろうなぁって言うのを感じさせられるキャスティングではありました。
ストーリー的には40代になった青島係長に突破力が無くなっていまして、そういう意味で警視庁と所轄の対立を生むようなポジションでもありませんし、ランボーやロッキーみたいにいつまでも若々しいのもあれですけど、もう少し無茶をさせても良かったのではという感じがしました。本当ならば、織田裕二に匹敵するような無鉄砲で正論吐きな部下を配置してしまえば良いのでしょうけど、織田裕二を主演にせざるを得ない限界があったような気がします。かつての青島的なポジションのヒーロー足りうる若手を置いて、中間管理職として苦悩する青島係長とした方が作品としての完成度は上がったでしょうけど、そうなったらそれは果たして〈踊る大捜査線〉なんだろうかという疑問が浮かびますし、まぁ今回程度がいい落とし所だったんじゃないですかね。続編はどんな媒体で出てくるのでしょうか。
でもまぁ、久しぶりになんか名作と呼べるような映画を見たいなというのと、探す時間が欲しいなぁ。。。時間がふんだんにあったのは助手の頃までだったなぁっと遠い目をする夏休み。
12日(木)
8月12日といえば御巣鷹山への日航機墜落の日ですが、あれから今年は25年目、四半世紀がたってしまったということです。自分が四半世紀前の出来事を記憶する年齢になったのかという不思議な感じはありますが、まだ小学生だった自分にとって最も衝撃的だったトピックの一つでもあります。この事故の直後に小学校の登校日があったんだと思いますが、小学生ながらに皆でこの事故の話をしつつ、その後ろにゆらめく水槽の金魚たちの映像が鮮明に記憶に残っているのが不思議なところです。記憶っていうのはあやふやなものでして、後日再構成されてあまりあてにならないことも多いので、嘘を覚えている可能性も排除できませんが、夏休みの登校日の水槽もなぜかまた御巣鷹山の日航機事故と結び付く、僕にとっての象徴的なアイテムでもあります。
この日航機の御巣鷹山への墜落が何故にこんなに強く印象に残っているのかと考えていたのですが、小学生時代に体験したということも当然大きな要素ですが、これ以降25年間にわたって日本の航空会社では飛行機事故による死者が出ていないとのことです。先日、テロリストの歓待という、大臣が無茶苦茶やったことで再びクローズアップされた大韓航空機爆破事件が1987年と23年前のことですが、これに日本人乗客はいませんでした。また、1995年にセントレアが出来る前の名古屋空港でチャイナエアラインが悲惨な事故を起こしていますし、名古屋空港ですが、やはりそれだけ日本の航空会社の事故ということで御巣鷹山への日航機墜落は僕の中で格別なものとなっています。被害者の方々のご冥福をお祈りします。
13日(金)
昨日、教授会が終わった後に何時くらいに帰宅できると嫁さんに電話していましたところ、話している最中に突然携帯の電源が落ちてしまいまして、3年以上も使っているからそろそろ買い換えないとなぁっと思いながら、電源を再起動させようとしても、電池を入れ直して挑戦しても、一向に動く気配がない…何やら嫌な予感が漂います。取り敢えず自宅の電話番号くらいは記憶しているので公衆電話から事情を説明し、帰宅し次第、アンテナショップの方へと出向くことになりました。
そこで色々とみて貰って、電池パックに問題があるとかではなく、中の本体の方がクラッシュしてしまっているとのことで、しかも本体を修理に出すときは中のデータは全消去になるとのお話で、もはやゲームセットの雰囲気が漂っていましたが、本体にしかデータを保存していなかった僕の携帯情報はすべて消失してしまいました。学会関係者は勿論のこと、大学時代の学部やサークルや、何年か会っていない高校時代の友人のアドレスとか、さらには親や妹や親戚の連絡先まで、全てを消失してしまうという悲劇的というか喜劇的な事態に陥ってしまっています。
せめて実家くらいは早く復旧させようと嫁さんに聞いたところ、嫁さんはうちの親の携帯メールアドレスしか知らないとのことで、メル友かよと突っ込みつつ、僕が事故ったらどうするんだとか思いつつ、不携帯電話になっている親の携帯にメールを送って返事待ちとか言った状況です。いやそんなことよりも重要なのは、亡くなったオリビアの写真が全消去されてしまっていまして、早く親か妹からオリビアの生前の写真を取り戻さなければとそんなことを考え呆けている状況です。
というわけで、誠にお手数をおかけしますが、心当たりのある方は宮地宛に携帯番号やメールアドレスを送っていただけますと助かります。これからはSDカードにちゃんと保存をして、消失しないように心がけようと強く誓っているところです。お忙しい中恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたしますm(__)m
20日(金)
ようやくと9月4日に歴博関係で新宿で行う報告の準備が完成いたしましたが、今週末は下関市立大へ行ってしまった荻野先生の研究会の報告を同時並行でやっており、さらには経営史学会のパネル報告の準備を行いつつ、同世代の研究者で集まってやっているプロジェクトについての打ち合わせ準備と、一度に全てが降りかかってしまっている状態でアップアップとなっております。来月上旬には頼まれていた書評を2本提出できそうな状況ですが、貴重な夏休みにあまり新しい別の研究を進めることが出来ない状況なのが少々悔やまれるところです。
ところで、先日は携帯電話が故障してしまったという話をしましたが、今度は3年間ほど使っていた自宅のノートパソコンがクラッシュ寸前になっています。だいたい物が壊れるときっていうのは連続するものですが、携帯電話のクラッシュは精神的なダメージが大きかったのに対して、自宅のノートパソコンのクラッシュは金銭的なダメージが大きいなぁっと憂鬱です。こう、次から次へと電化製品がクラッシュしていきますと、自分が何か放電活動をしているような生物なんじゃないかという錯覚に陥ってきます。携帯電話と違いまして、パソコンに入っているデータというのは、常にバックアップまで更新する癖をつけていますが、パソコンってそれなりの価格がする割にはやはり文房具であって消耗品ですよね…
28日(土)
先日、ボーっと中等教育について思いを馳せていたのですが、僕の高校時代の物理の教師っていうのが、非常勤としてやって来ていた名古屋大学の理学部か工学部のどこかの大学院生だったのですが、彼の講義する物理の授業が全くのチンプンカンプンで、それ以来僕は化学と生物に身を委ねて物理には近付かないというスタンスを貫いていまして、なんで彼の物理の授業はあんなにも分からなかったんだろうかというのが不思議だったんですよね。勿論、僕に物理の才能が無いというのもあるのでしょうが、僕だけではなくクラスの大半を物理嫌いにさせた恐るべき能力の持ち主でしたから、多分何かあるんだろうなぁっと考えていたわけです。
名大の理学部か工学部に入るのですから、子どもの頃から物理とか数学が大好きな学生で、当時のバブル直後に安月給の高校の教師の非常勤などするのですから、しかも男子校ですし、自分の得意とする物理を高校生たちに伝えたいっていう思いもあって来ていたんだと思うんです。にもかかわらず、何故にあんなにも訳が分からない物理だったのかというのが、不思議で不思議でしかたないんですね。僕が中等教育について考える時には、いつも非常勤で来ていた彼のことが頭に浮かんできます。
思うに、彼は物理という分野が好きで好きでたまらなく、あまり深く考えることもなく物理について色々と分かってしまうのだと思います。ですから、大して物理的な事象に興味も関心もない学生たちが、どうやったら物理に興味を示して得点を取ってくれるのか、ということについては全くのど素人だったためだと思います。何が分からないのか分からない、っていう状況だったことでしょう。多分僕が中等教育の日本史の授業をやれと言われても、日本史嫌いの人間を更に嫌いにさせるだけであろうことは推測できます。日本史が嫌いということが理屈では分かっても、体感として理解できないからです。彼も、物理が苦手な学生がいることは、理屈では知っていても実感が持てなかったことでしょう。
要するに、中等教育なんて言うのは、本来的にはその科目を得意としてきた人間にさせちゃいけないんだと思います。教師なんて必要ないような学校の中のその科目のトップクラスを相手にするだけの教師ならばそれでも良いですが、教師に少しでも教えて貰いたい層相手には、自分が苦手で悩み苦しんだ経験がある教師こそが、中等教育を担うには適した人材なんだと思います。そういう意味で、その科目が得意な人材、一度のその科目で苦労したことのない人材を中等教育の教師へと育成する現在の教員養成システムは、かなりの無理難題を構造的に抱え込んでいるんだと思います。
大学での高等教育、特に、選択制でその科目に興味のある人物だけを対象として語るような調子で、中等教育での教育をやろうとすると破綻するんだろうなぁっと思われます。名大から来ていた非常勤講師も、理系物理クラスで講義していたらそれなりに人気があったことでしょう。そういう意味で、あの高校時代の物理は、教える方にも教えられる方にも不幸だったよなぁっと思いだされますが、同じようなことが全国各地の中等教育の場で起こっているんだろうなぁっと、昔を思い出しながら考えてしまったのでした。
31日(火)
8月も最終日となりましたが、九大経済の方で資料紹介を行いましたので、プロフィールを更新しておきました。内容は戦時期の朝鮮人労働者に関する資料ですが、従来復刻されているものの年度違いのものが当記録資料館に眠っておりまして、こういう数値ものっていうのは多くの年度のが広く公開された方がいいに決まっていますので紹介しています。今年は日韓併合100年ということで色々なプロジェクトが各地で組まれていますが、僕の資料復刻はそれとは何ら関係もなく、たまたま偶然いい資料があったためやっただけです。
でもまぁ、偶然にしろ良いタイミングで資料復刻できたなぁっと思っていますので、そのうちリポジトリに登録されてインターネット上で閲覧できるようになるはずですから、そうしたらアクセスしてみてください。やはり大学の紀要というのは目に付きずらい媒体ですので、リポジトリによる公開制度が普及していくことはなかなか便利でありますね。