2025年9月

2日(火)
 物価が高くなってしまったこととコロナ下の反動などもあって、道の駅めぐりが最近の我が家のトレンドです。久留米、みやま、八女たちばな、大木町、船小屋の恋ぼたる、星野村びそん、うきは、といった筑後エリアの道の駅を制覇していき、残すは大牟田くらいでしょうか。大牟田へ行く前に県境を越えて、鹿北や南関などへは行っています。筑前エリアだと原鶴に筑前町、さらには小石原へは行きました。

 あまり佐賀エリアへと行く機会がないのですが、ふらっと吉野ヶ里へと行ってきました。吉野ヶ里と行っても吉野ヶ里遺跡があるエリアではなく、国道385号の東背振トンネルの佐賀側すぐの山の中にあります。博多側から攻めると有料トンネルを通るのですが、佐賀側から攻めると無料です。

 色んな道の駅へ行きましたが、山中に切り開いた道の駅だけありまして、見下ろす佐賀平野、筑紫平野が絶景です。近場にこのような絶景スポットがあったとは露知らず、今まで勿体ないことをしていたなぁっと思うばかりです。ちなみにパン屋さんもお薦めでして、ここのブルーベリーパイがとっても美味しかった。レモンパイと悩んだのですが、季節限定のブルーベリーパイにしてしまいまして、次はレモンパイが食べたいなぁっと思っているところです。

 ところで話は変わりますが、自民党の総裁選挙の前倒しがどうなるか分かりませんが、今の日本っていうのが世代間の意見の違いがえらい大きくなっているなぁっていうのが一番の感想です。昔は、マスコミが世論調査を行えば、それなりに多くの世代の意見を拾えたのでしょうし、上の世代と下の世代の意見がそれほど違うこともなかったはずです。保守政党の支持者は老人にも若者にもおり、革新政党の支持者も老人にも若者にもいたものでした。

 ところが今は、10代や20代では参政党と国民民主党が支持政党の2トップで、れいわが3番手とか。公明党や共産党だけでなく、維新、さらには自民党や立憲民主党であっても10代・20代にとっては泡沫政党です。これはなかなかの衝撃です。ほんの10年前は、これほどの世代間の違いはなかったはずでして、急速に若い世代が自民党・立憲民主党からも離れて行っています。

 石破内閣の支持率は、70代以上の女性を中心にして、高齢の女性・男性の支持が高いようです。一方で、若者や現役世代からの支持がとても低くなっています。マスコミの世論調査は500人とか1000人の調査ですし、年齢補正とか地域補正とかそういうのを丁寧に行っていないでしょうから、見ず知らずの電話番号の電話に出てくれる習慣を持った人の答えとなってきます。そういう点でも、高齢女性の声が反映されやすく、実態よりも支持が高く出るわけです。

 選挙は、70代に入ると投票率が下がってきます。80代になると、グッと下がります。これは生物としての体力的な問題によるものです。しかし電話で回答をするのには体力を使いませんから、さらに世論調査と選挙結果がズレてくることにつながります。

 先日の八代市長選挙で、自公推薦の現職の市長さんが、維新系の候補に敗れました。元副知事とはいえ、東京出身で八代にとっては落下傘で、かつ最近では伸び悩んでいる維新系にもかかわらず、かなりの大差での勝敗でした。また同時に行われた八代市議選の方でも、参政党・国民民主党・れいわの候補が上位で当選しており、若者・現役世代の支持する政党の躍進が目立ちます。

 この傾向は実は、8月3日に行われた横浜市議補選の金沢区の時から注目していたものです。この補選は、もともと自民党の議席だったところの補選でして、自民党の新人候補と国民民主党の新人候補とで一騎打ちになっていました。結果は、国民民主党の候補が4万4千票余り、自民党の候補が2万5千票弱という大差となっていたのです。世論調査ではすでに石破支持の声が高くなってきたと報道がなされていまして、世論調査とは乖離した選挙結果として注目でした。

 自民党にしろ、立憲民主党にしろ、若者・現役世代の声を拾い上げて行かないと、今のままでは泡沫政党への道が待っています。もちろん政治は合理的に動くとは限らないので、このまま泡沫政党への道へと突き進んでいくという可能性もありますが、果たしてどうするんでしょうね。

9日(火)
 自民党の総裁選挙のニュースでかき消されていましたが、この夏は長生炭鉱での水没事故死者の遺骨が見つかったというニュースが出ていました。日本人労働者と、それよりも多い朝鮮人労働者と、合わせて183人もの人たちが亡くなった事故です。水没した坑道ですから、危険な海域なのですべての遺骨の探索とはいかないでしょうが、出来る限りの遺骨の探索については、国も協力をすべきではないでしょうか。戦争の遺骨とかもそうですが、残された人々からしてみれば、野ざらしとか洞窟の中とか海底とか、そういうところで誰にも相手にされず放置されたままというのは、救われない気持ちになるものでしょう。

 個人の特定をすることはできない遺骨でしょうから、日本人労働者の遺骨なのか朝鮮人労働者の遺骨なのかも判断は難しいかと思います。そのため、引き上げをした後に韓国への遺骨の返還とか別の問題が発生することも危惧されるのでしょう。ただそうは言っても、そこに事故で亡くなった人の遺骨があるのに放置したままというのは、どうかと思うのですよね。

 ところでこの夏は、ぬる湯温泉によく入った気がします。体温かそれよりも低いくらいの温泉でして、夏が暑くなる一方ですから、ぬる湯というのはかなり楽になれます。昔は温泉というとある程度の高い温度で湧き出ている必要がありましたが、法律が変わって低い温度で湧き出ていても成分さえ条件を満たせば温泉になっています。だから、わざわざ過熱して暑くしている温泉もたくさんある訳でして、その過熱分を減らすだけですから、ぬる湯も簡単です。また、最初から熱い温泉は加水で対応できます。

 気分的には、湧き出ている温泉の温度がたまたま、ぬる湯として適温というと天然で貴重な気がします。ただ温泉で大切なのは成分ですから、けっこう人為的にいくつもぬる湯温泉というのは作れるんですよね。そして、天然のぬる湯の温泉はもちろん最高なのですが、過熱・加水によるぬる湯温泉というのも、暑い夏を戦うにはとても優れモノでした。

 温泉というとどうしても晩秋から早春にかけて楽しむものという先入観がありましたが、一度ぬる湯温泉で長時間ボーっとしているリラックスを覚えてしまうと、なかなかこれが秀逸でした。夏には温泉に行かないというのは、食わず嫌い的な側面があったなぁっと反省です。ぬる湯とかにしばらくつかって体が冷え過ぎたら、今度は熱めの温泉に入りなおすのもまた良し。温泉地にとっても暑い夏にお客さんを増やすためには、どしどしやって欲しいものです。

18日(木)
 那覇へと行って来ましたが、相変わらずの激混みっぷりでした。思い起こせばすでに10年以上にわたって毎年那覇へと行っているのですが、人混みの賑わいが天地をひっくり返すくらいに全く違うことに改めて驚かされます。8月に石垣島に行っていたため、今の石垣島の中心部の様子が10年以上前の那覇の状況だったなぁっと感じたためでしょうか。

 10年以上前は、修学旅行生とかが団子になって歩いている以外は、それほどの大きな人の集まりなんて言うのは無く、道を歩くのに困るなんて言う経験はまったくありませんでした。国際通りから一歩裏路地なんかへと入れば、那覇っ子や地元のおじぃやおばぁくらいしかいない空間だったのですが、今や中心部はどんな小さい路地へ行っても観光客が闊歩している状況です。

 それに伴って那覇の再開発もかなり進んでいまして、あぁこんなところも工事をしているやという場面によく遭遇しました。毎年行っているのに、行くたびに工事が進められていき、街の変貌を目の当たりにさせられます。賑やかになって嬉しい気持ちと、馴染みの景色が消えていく寂しい気持ちと、その両者のせめぎ合いです。

 でもこの10年の那覇の移り変わりを見ていると、我々の世代が体験していない高度経済成長の時代の街の変化っていうのは、こんな感じだったのかなぁっということを感じさせられるのですよね。

25日(木)
 総裁選挙では野党との連携もふまえつつ減税やインフレ抑制も話題になっていますが、これはなかなか難しい問題ですよね。一般的に減税をすればインフレは加速するからです。野党との関係性や有権者のニーズ的には減税が重要なテーマですが、これをするとインフレは加速して国民、特に中流以下の庶民の暮らしは厳しくなります。だから本来的には、2020年くらいまでが減税のためのベストタイミングだったわけです。選挙向けには減税というのは最も良いアピールポイントなのですが、ちゃんと国を運営するという意味では今のタイミングは難しいところではあります。

 現在の日本の問題は、企業経営などに関してはそれなりに良くなっているにもかかわらず、国民の生活は苦しいという点です。このために税金や社会保険料などを下げられないかということが大きなテーマになるのです。何故にこんな事になっているのかというと、インフレもありますが、昔と比べて労働分配率がとても下がってしまっているからです。

 平成の長期不況から回復させるために、小泉‐竹中改革をはじめとして企業を助けるために労賃をコストとして削減する方向で動いてきました。企業が潰れたら日本経済が壊れてしまいますから、短期的な政策としては致し方なかった面もあります。しかしその労働分配率の低さで定着させ、しかも安倍‐菅政権でさらに労働分配率を下げ続けてしまいました。20%ポイント弱くらい下がったのでしょうかね。その結果として、結婚もできない非正規労働者を大量に生み出し、出生率の低下も加速させてしまったわけです。

 平成の長期不況からの回復のためには、経営学的な視点から労賃をコストとしてカットすることは重要だったのですが、経済学的な視点から言えば労賃は労働者の再生産のための原資ですし、消費者としての購買力の源泉です。本来的には経営学的視点から経済学的視点への転換が適切な時期に必要だったものが、ちゃんと行われなかったのが国際的にみても経済運営に失敗してしまった日本の原因でしょう。

 今からでもやるべきは労働分配率を元に近づけることだと思います。これまでも賃上げ促進税制は行われていますが、これが十分に機能していません。法人税を上げつつ、賃上げや労働分配率などの関係でちゃんと労働者に還元している企業へは減税を多くして、今の法人税の水準にする。そうじゃない企業は、ストレートに法人税が増税される、なんていう方向性を出した方が良いんじゃないんでしょうかね。

 どちらにしろ、これだけ参政党や国民民主党が支持を伸ばしている中で、消費税の増税や社会保険料の引き上げみたいなことは難しくなったでし、減税圧力も強いままです。そうすると、法人税へと手を付けざるを得なくなっていくと思うんですよね。それならば、少子化対策も込み込みで労働分配率を戻して貰いたいものですね。岸田政権もこの方向性でやっていれば、増税メガネなどと呼ばれず今も政権が続いていると思うんですよね。